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喉摘者ボランティア団体 公益財団法人阪喉会 発声教室(食道発声・笛式人工喉頭発声・電動式人工喉頭発声)


喉頭がん患者の98%は、喫煙経験者です。




喉頭摘出
同病者ボランティア団体


 公益財団法人


設立 昭和24年



〒550-0002 
大阪府大阪市西区江戸堀1丁目22番38号
    三洋ビル203

 TEL 06-6444-1321 FAX 06-6444-1432






 平成7年、わが国の高齢化率は遂に21.5%に達し、国際的に規定された20%以上となり、「超高齢化社会」の時代に入ったとのことです。

 大阪大学藤田綾子教授は、超高齢化社会を明るく活性化した社会にするためには、高齢者の持つ能力を活用する社会を構築する必要があるとし、高齢者にとっても社会参加活動をすることで、精神的肉体的健康を維持増進する効果があるとされています。その具体的活動の一つとして、ボランティア活動を位置付けておられます。
 阪喉会の喉摘者に対する発声訓練はまさにこの考え方を具現するものです。

 これから発声訓練を受けようという方は勿論のこと、すでに発声訓練を受けられた方はますますのレベルアップのため、是非当会の発声教室にご参加頂くようお薦めします。
 発声を習熟すれば、社会に孤立することなく、積極的に社会参加をし、超高齢化社会に貢献すると共に、幸せな老後を過ごすことが期待できると考えます。  (長)


 「人生七十年、古来稀なリ」
《杜甫「曲江詩」の「人生七十古来稀」から》
 古希の由来はご存知のとおりですが、私にとっても正にその通りであります。
 去年の2月に古希を迎えて、改めて喉との特別な付き合いの永さを振り返り、よくここまで元気に生き長らえたなと感慨に耽っております。

 1978年(昭和51年)38歳の若さで声が嗄れ、声が出にくくなって好きな歌唄いづらくなって来た為、受診の結果喉頭腫瘍と告知され、放射線治療で治るとの診断でした。
 約40日ほどのコバルト照射の結果、美声とはいえないまでも、無事声を取り戻せ、サラリーマン人生を謳歌しておりました。

 その後、仕事の忙しさにかまけての不摂生に加えて、体重増加に伴い、一旦止めていたタバコを再喫煙する等が祟り、15年後の平成3年頃から、またまた声が出なくなりだして再発を告知され、喉摘手術を余儀なくされました。
 流石の楽天家の私も、術後の人生を考えると「あぁ・・これで全て終わりやな!」と、相当なショックとストレスのため、頭部に大きな500円玉大の円形脱毛症にかかりました。
 縫合部の一部が化膿して、70日間の入院生活となりました。

 退院後、阪喉会に入会して、家でも食道発声の特訓をし、約1ヶ月でなんとか原音が出せる様になり、術後6ヶ月で、元の職場に復帰することができました。
 まだまだ拙劣な食道発声法による会話にも、上司をはじめ多くの仲間の理解と協力に支えられて、約6年間の会社生活を終え、平成10年に無事リタイア。

 その後は、「人生健康が全てではない。しかし健康でなければ全てがない」をモットーに家に閉じ籠らず、明るく前向きに今を楽しむことを心掛けて来ました。

 古希を迎えてこれから10年、日本人男性の平均寿命をクリアすることを第一の目標に、更に健康に留意し、ゴルフを中心に屋外の活動にも幅広く、自ら進んで積極的に参加し続けようと思っています。
 仕事には「熱意」を、趣味や遊びには「情熱」を持って当たり、70歳には70歳なりの老春を楽しみ、今を大事に悔いのない人生を送れることを念願して止みません。(亘)

     


 喉頭全摘術を受けたのが昭和58年3月だったのだから、術後25年になる。
 過ぎた年数は早く感じられるものだけれど、5年、10年、15年と数えてみると大方に記憶のよみがえることもあり、20年からの5年間にも幾つかの身辺雑事に追われている。

 それにしても喉頭がんという病気の認識が全く欠如していたこともあって、声枯れの原因である声帯ポリープをちょちょっと削り取ってもらえば、声も元に戻って退院できると考えていたのが、全摘と分かって慌ててみても後の祭りということで始まった喉摘人生であった。

 幸いにも大阪駅前第一ビル地下2階にあった「阪喉会」の発声教室に通って、1ヶ月足らずで原音「あ」が出て、その後は割合スムーズに50音(ハ行は今でも心もとないが)も言えるようになって、片言ながら日常生活に困ることはなくなった。それというのも満50歳前という若さと体力が味方してくれたお蔭と思っている。

 25年といえば、私は昨年7月で満75歳に到達したのだから、人生の3分の1を喉摘者として生きたことになる。
 世に言う結婚生活でいえば、25年は銀婚式にも当たる。銀婚という意味は、錆も切れもせず25年間も夫婦関係がよくもったものだという祝福の意味があるはずだから、我が喉摘人生25年も相当の祝福があってしかるべきと期待したいものだが、果たして?!  (亀)


 最近、昔のことをとりとめもなく思い出すのは、余命の少ない証なのだろうか。喉頭がんの術後4年半、肺がん術後3年(2004/7喉摘・頸部郭清術、2005/11左肺上葉部分切除術)。

 映画をよく見た、中・高生のころ。

 カークダグラスとロックハドソンの西部劇「ガンファイター」で、カークダグラスに恋する黄色いドレスの少女に恋をして。ラストの決闘シーン。こだまする銃声の音にいいようのない不安と不吉な予感におののいて駆ける少女。黄色いドレスが翻って。

 フランス映画「禁じられた遊び」。少女(幼女?、役では5歳)ブリジット・フォッセーの可憐な可愛さとこの映画であまりにも有名になったナルシソ・イープス(イェペス)のギター曲(原題:スペイン民謡「愛のロマンス」)。
 ラストシーンの雑踏の中で「ミシェル!」と叫ぶ(少年を捜し求める)少女の悲痛な声が今も耳の奥底に残っている。  (竹)


(「禁じられた遊び」のメロディに乗せて)

赤き夕陽見つめていると
何故か心寂し夕
この旅路の果ては何処
今日も旅行く

黒き瞳見つめていると
何故か心哀しこの夜
淡き星に光る涙
遠き別れよ

遠き山の遥か彼方
遠き空の遥か彼方
想い巡り夢を求む
遠く遥かに
(編集 2009/2/1)















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