(07-01)

7.講演・講話・語録

7−1 佐藤先生のお話

                    日喉連 顧問、阪喉会 顧問 佐藤 武男(大阪成人病センター名誉総長)


佐藤武男 先生


略歴

 大正十四年大阪生
 大阪高校卒
 大阪大学医学部卒

 大阪大学助教授、熊本大学教授 、大阪府立成人病センター院長総長を経て、名誉総長。

◆平成22年6月15日没(享年84歳)。 −>「1−5 阪喉会ニュース」




(インタビューア)佐藤先生は、喉頭ガンでは、世界最高の治癒成績をあげておられるとお聞きしていますが。
(佐藤)直接治療した患者は三十年間で三千名。少なくとも数では世界一でしょう。と言うのも、日本中で大阪が喉頭ガンが一番多く、その文化風土が喉頭ガンの発ガン要因にピッタリなのです。


重複がん(多重がん)について                                日喉連会報32号より

 喉摘者の皆さんは、喉頭がん・下咽頭がんを見事に克服されたのですから、これからは健康で長寿にめぐまれます様に願っています。先輩のなかには90才を超えて百歳長寿をはたされた方がおられますので、是非とも後に続いてほしいのです。どなたにとっても、いくつで死んでも早死です。死は不条理だと思います。

 長寿のためにはまた再びがんの予防に注意しなくてはならないのです。これはがんの再発ではなく、別の部位に喉頭がんでないがんが発生するのです。がんをやっとの思いで克服したのに、またがんとはどういうことかと思われますが、このがんを重複がん、または多重がんといって問題になってきました。あるがんになって、それを克服したのだから、これでがんに対する免疫ができていると考えやすいのですが、そのようながん免疫はありません。

 むしろ喉頭がんになった人は重複がんになる危険性は高いのです。私はこれをがんの二重告知と称しています。その理由はいくつかありますが、まず第一に喉頭がんはよく治るがんになりましたので、寿命が延長し、また再びがんになる歳月を生き延びることができるからです。次に喉頭がんの発がん原因として喫煙が考えられ、このがんは喫煙関連がんの第一位でもあるのです。男性喫煙者は非喫煙者よりも発がんの危険率は高く、例えば、喉頭がんでは32.5倍、肺がんでは4.5倍、口腔がんでは2.9倍、食道がん2.2倍、胃がん1.5倍、肝臓がん1.5倍、膵臓がん1.6倍、膀胱がん1.6倍も危険率が高いのです。全部位のがんでみますと、1.65倍となっています。

 したがって、重複がんの発生部位は、当然にこれらのタバコ関連がんが多くなります。とくに肺がんを軸として口腔・咽頭・食道のがんの早期発見に注意しなくてはなりません。

 私の経験では喉頭がんの方を20年間の長期に診察しました結果、何と50%の方に重複がんが発生し、それらを治療してきました。このことから喉頭がんになった方は生涯にわたってがんに注意しなくてはならないと考えています。

 とくに喫煙量が多かった人は、タバコ関連がんに注意して生活して下さい。タバコ指数という言葉があります。これは一日の喫煙本数×喫煙の年数のことで、喉頭がんの平均タバコ指数は20〜30本×30〜40年で600〜1200なります。約1000が平均指数となります。これを記憶にとどめておいて下さい。したがって1000を超えている人は重複がんのハイリスク・グループに属すると考えて下さい。一般に禁煙後10年たてば、発がん危険率は50%低下すると考えてよいと思いますが、決してゼロにはなりません。

 タバコ喫煙者の全てが発がんするわけではありません。お酒に強い人と弱い人とが生れつきに決まっているように、タバコ喫煙者はその15%が発がんしやすいのです。これはタールのなかにある発がん物質が代謝されて、この発がん物質が強力な発がん変異物質に変化すると発がんへの道を歩むのです。この発がん変異物質へ変える活性の弱い人は発がんしないのです。酒が強い、弱いということとよく似ています。

 タバコを喫煙したために喉頭がんになったのですから、皆さんはタバコに弱い体質だと考えるべきでしょう。したがって重複がんに対するリスクが高いと考えて生活して下さい。このタバコ関連がんを予防できれば更なる長寿は間違いなく与えられるでしょう。




がんの早期発見のために−PET検査

 がん細胞は通常細胞に比べ、約3〜8倍のブドウ糖を消費する性質があります。そこでブドウ糖に似た検査薬(FDG)を体内に注入し、その集まり具合を画像化すれば体の深部の比較的小さいがんを検出できます。これをPET検査といいます。

 この検査は、従来の「がんの形を見る」、つまり形態を見る画像診断とは原理的に異なり、「がんの機能をみる」、つまり機能画像診断として非常に有用性が高いものです。しかしながら「すべてのがんが早期発見できる」、「100%確実に診断可能」といった、夢のような診断法ではありません。(肺がんの早期発見には、非常に有用(有効)ですが、有用性が低いがんがいくつか知られています。例えば、胃がん、腎がん、尿管がん、膀胱(ぼうこう)がん、前立腺がん、肝細胞がん、胆道がん、白血病等です。)

 主治医ががんの疑いがあると認める方、がんの治療歴があり再発が疑われる方のうち厚生労働省が定める基準にあてはまる方は保険適用(検査費用:3割負担の方で約3万円)の対象となります。検査を受ける場合は、主治医に申し出て受けてください。喉頭がんの転移の有無の経過観察ということで保険適応となります。





佐藤武男著「食道発声法」より
空気嚥下症について

 手術によって嚥下機構が修飾され、さらに気道と食道が分離されたために空気が食道に吸引され、嚥下されて胃ガス、腸ガスが増加する。X線でみると胃泡の増大と膨張がみられ特異な所見を呈する。このガスはゲップや放屁となって出るのでほとんど問題にならないが、症状として腹部膨張感がある。したがって、どんどん放屁とゲップによって排ガスを行う。

 喉摘者が将来、腹部手術を受けることになったときに、風船のように膨らんだ胃腸が勢いよく飛び出るので、手術前に外科医にこの現象を説明しておく必要がある。





佐藤武男著「食道発声法」より
成人病対策−100歳長寿のために

 喉頭がんの治療後は、終生、経過観察をしてもらうべきである、と著者は考えている。


 まず術後の1年間は月2回、その後4年間は月1回の検診を受ける。さらにその後は年数回の検診を受けに行く。最初の5年間の検診は頚部リンパ節の再発に重点がおかれるが、5年経過後はさらに成人病の早期診断と早期治療と、とくに新たに発生するがん(これを重複がん、あるいは多重がんという)の早期発見に重点が移る。この目的のために、年1回は全身の総合的な検査を受ける。

 喉頭がんを克服した人々の重複がんを合併する頻度は、著者が治療した症例群の観察では、15年経過観察では30%、20年経過観察では50%の高率にみられた。とくに1日の喫煙本数が30本以上のヘビー・スモーカーであった人々に高率で、第2がんの発生部位は口腔、咽頭、食道、肺、膀胱などで、これらはタバコ関連がんなのである。
 このように高率である理由は、「喉頭がんはよく治るがん」に属し、長寿が得られるためで、著者の成績では図3-1のごとく5年生存率80%、10年生存率73%になっている。

 喉摘者の平均年齢は60歳代後半であるので、ほとんどの人々は老人に属している。この老いを背にして、あるいはこの重い老いを噛みしめながら、障害者として第2の人生を歩まなくてはならない。



 老いの実際について記すと、次に述べるいろいろな不自由さが実感させられる。老眼鏡を使っても不自由になり拡大鏡が必要となる、難聴が進みテレビの音を大きくするので孫に叱られる、歩行のスピードがにぶり若い女の子に追い抜かれる、駅の階段の昇降がきつい、足腰が弱くなった、腰痛がある、便秘気味だ、眠りが浅い、不眠傾向、夜間何回もトイレに行く、固有名詞を忘れる。

 このようないろいろなことができなくなったり、不自由になる。孤独のなかで、これらの老いを確かめては納得し、「自然に老いよ」とつぶやきながら耐えねばならない。

 この老いに耐える方法として、自分に最も適した生活リズムを確立し、これを生涯にわたって守護してゆくべきだが、このリズムを維持するには強い精神力がいる。
 この生活リズムを頑固に守りぬくことによって長寿が与えられるのである。基本的には快眠、快食、快便が必要条件であることは老いも若きも同じである。

 夜になれば眠る、また朝が来る、そう思って入眠する。朝になる、今日は何と何をしよう、そう思ってとび起きる。くよくよと過ぎたことを考えない。服を着る、朝食をとる、散歩に出かける。カントの如く、リズムをかたくなに守る。
 家人とよく語らい、多くの友人と談笑する。積極的に社会参加をし、定時的にボランティア活動にも従事する。人様のためになっているという実感は生きがいとしてわが心の孤独を癒してくれよう。
 運動には散歩がよい。ともかく家にじっとしていないで外に出る。1日最低1時間以上歩く。街々の光景、自然の風景などを愛でながら、ともかくも歩く。



 ライフスタイルの変容に心がける。畳の上にゴロッと横にならない。これがネタキリ防止の最低条件である。ベッド、洋式便所への改良、暖房の工夫なども大切である。住居内につまづく場所があれば改築する。風呂、便所、廊下などに手すりをつける。こけない工夫、つまづかない工夫を常に考え続ける。こけて骨折(とくに大腿骨頸部骨折)が起これば、しばしばネタキリになり痴呆に発展することがある。

 健康管理として、タバコは吸わない、サケは少量飲むほうがよい、血圧を正常範囲にコントロールする、入歯は必ず整合しておく、偏食しない、淡白な食餌、腹八分目。成人病があれば生涯にわたってコントロールを続ける。そのためには信頼するホームドクターと親密な人間関係を作っておく。

 変調があれば、専門医を受診し、早期診断、早期治療をしてもらう。なんらの成人病もなくて長寿を得る人は運のよいほうで、ほとんどの人は成人病を克服して長寿を得るのである。すでにがんを克服して百歳長寿を得た人もいる。「成人病を克服して百歳まで行きぬこう」という言葉を合言葉にしよう。

「100歳まで生きる」という言葉は現代人にとって夢でなくなった。日本ではすでに約5,000人(1993年)の100歳長寿の方がおられる。人口10万の町には3〜4人生きていることになる。著者は「がんを克服して100歳まで」という言葉を流行させようと努力している。実際に著者の治療した喉摘者のなかから、100歳長寿を果たした人が2名、99歳長寿の人が2名も出た。この事実は多くの喉摘者にとって福音となっている。




(編集子註)イマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724年4月22日 - 1804年2月12日)

 プロイセン王国出身の思想家で大学教授である。近代において最も影響力の大きな哲学者の一人である。『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらす。ドイツ観念論哲学の祖でもある。

 カントは規則正しい生活習慣で知られた。早朝に起床し、少し研究した後、午前中は講義など大学の公務を行った。帰宅して、決まった道筋を決まった時間に散歩した。あまりに時間が正確なので、散歩の通り道にある家では、カントの姿を見て時計の狂いを直したと言われる。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

(編集子註)100歳以上の高齢者人口

 日本国内の100歳以上の高齢者人口は、平成元年には日本全体でわずか「3,078人」(男性:630人、女性:2,448人)しか存在しなかったものが、平成19年には日本全体で「32,295人」(男性:4,613人、女性:27,682人)となり、わずか20年ほどで総数10倍以上になりました。

※関連:同時期の日本人の平均寿命(厚生労働省「簡易生命表」)は、平成元年には男性:75.91歳、女性:81.77歳だったものが、平成19年には男性79.19歳(+3.28歳)、女性85.99歳(+4.22歳)となっています。
http://www.office-onoduka.com/nenkinblog/2008/08/1910100.html より

(編集子註)成人病

 厚生省(現厚生労働省)が「成人病予防対策連絡協議会」において、脳卒中(脳血管疾患)、癌(がん)(悪性新生物)、心臓病(心疾患)など中年から老年期にかけて多発する重要疾患をさして「成人病」としたのが始まりとされている。
 さらに71年、世界保健機関(WHO)が糖尿病を成人の重要疾患として取り上げて以来、公衆衛生活動としては糖尿病も成人病の一つに加えられた。しかし、死亡統計上は脳卒中、癌、心臓病の3疾患と高血圧性疾患、老衰(精神病を伴わないもの)などとされた。
 1997年(平成9)厚生省は公衆衛生審議会(現厚生科学審議会)の提言を受け、成人病の呼称を
生活習慣病と改めている。
「Yahoo!百科事典」より