(03-05)

3−5 解説−代用音声習得のポイント

3−5−1 代用音声
    (主参照・引用 佐藤武男 著「食道発声法」)

 音声言語は、動力源(健常時は肺の空気−呼気)、原音の発声、発声した原音の共鳴・構音という三つのシステムの共同によって作られています。

 手術をする前には、喉頭にある声帯を肺からの呼気で震わせて発声し、その音を口唇、舌、軟口蓋などの構音器官で言葉にしていました。
 喉頭が摘出されると、図3−1と図3−3のように、音声言語器官のシステムは深刻なダメージを受けます。

□□ 1)動力源となる気管・肺などの下気道は上部の共鳴・構音の器官と分離分断される。
2)原音を発声する器官(喉頭)がない。したがって声が出ない。
3)共鳴・構音の器官へは空気が通らない。

 したがって、喉頭摘出後の代用音声では、1)動力源をどうするか、2)原音をどうして作るか、3)作られた代用原音を共鳴・構音を行う口腔にいかにして導入するかがポイントになります。



図3−1 喉頭全摘出術による形態の変化




  A:鼻・喉頭・気管系

  B:口腔・咽頭・食道系

  C:喉頭

  D:気管孔


 ★気管・肺などの下気道は上部の
   共鳴・構音の器官と分離分断される。


図3−2 正常者(健常者)の音声言語器官

図3−3 喉摘者の音声言語器官


(1)代用音声の種類と機構

No 代用音声の種類 1)動力源 2)原音 3)共鳴・構音 発声補装具
笛式人工喉頭 肺の空気
(呼気)
ゴム膜の振動 口を開き気味の構音
(原音は前より入る)
使用する
電動式人工喉頭 電気エネルギー ブザー音 静的 使用する
食道発声 食道の空気
(吐気)
仮声門の振動 ダイナミックな動き 使用しない
シャント発声
(気管・食道接続トンネルの形成)
肺の空気
(呼気)
仮声門の振動 静的 使用しない



(2)代用音声比較

No 代用音声の種類 発声の仕組み 長所 短所
笛式人工喉頭  気管孔からの呼気によって音を作り、その音をパイプで口腔内に誘導する。 音声明瞭度最良
習得が容易
長時間使用可能
安価
音声が単調で不自然
外観上目立つ
片手が使えない
不衛生的
電動式人工喉頭  ブザー音(電気的振動音)を口腔内に誘導する。 習得が容易
衛生的
音声が平板単調で不自然
音声明瞭度劣
外観上目立つ
片手が使えない
高価
食道発声  注入法、吸入法等で、食道内に取り込んだ空気を出すときに、咽頭と食道粘膜を震わせて、音源とする。 自然な発話
両手が使える
習得が難しい
体力を使う
維持するのに努力がいる
シャント発声  気管孔を押さえて、シャント(気管・食道接続トンネル)を通じて、肺からの呼気を食道内に誘導する 音声明瞭度良
自然な声
長時間話せる
片手が使えない
誤嚥の危険性

編集子註
 食道再建の方も含めて、食道発声習得の成否にかかわらず、食道発声の訓練を行うことにより、再び、洟(鼻)がかめるようになり、匂い(臭い)も取り戻すことが可能です。特に、喉摘者は鼻水が多くなり、外出時などその始末に往生します。洟(鼻)がかめることは、垂れ流しの不快感から解放され、また、匂い(臭い)を取り戻すことは、日常生活におけるアラーム感知能力を取り戻すことです。食道発声の訓練は、日常生活のリハビリとして大きな意味があります。




3−5−2 食道発声    (主参照・引用 佐藤武男 著「食道発声法」)

 原音発声の動力源となる空気を自由自在に食道内に摂取し、この空気を用いて仮声門(新声門ともいう、食道入り口部の粘膜のヒダ(咽頭と喉頭を結びつけていた下咽頭収縮筋により、喉摘後、正中にて縫合して形成される))にて原音を作り、上方の構音器官で共鳴・構音すれば食道発声となる。

 食道への空気の摂取とその空気の吐出を、肺呼吸での吸気、呼気に対応して、注気(ちゅうき:注入された空気)、吐気(とき:吐き出す空気)と名づける。

 食道発声では、肺吸気時に、それと同調して、食道へ注気し、肺呼気時に、それと同調して吐気発声をする。このリズムは術前の喉頭発声と同一である。つまり、肺呼吸の吸気、呼気のリズムに乗って、注気、吐気のリズムを同調させるのがコツである。




3−5−3 食道発声 第一回 1ポイントレッスン

(1)ストロー吹きの練習
                                高橋 武重
食道発声 1ポイントレッスン ストロー吹きの練習

 食道発声の基礎訓練は、腹式呼吸から始めます。腹式呼吸による横隔膜の上下運動によって食道内が陰圧になり、肺にも食道にも十分な空気を取り入れることができます。

 腹式呼吸の習得と鼻から空気を取り入れることを身につけるための練習方法として「ストロー吹きによる練習」を紹介します。

 コップに水を半分ぐらい入れ、口を閉じたままストローでぶくぶくと吹きます。すべての空気を出し切ると、自然と腹式の吸気が誘導されて、鼻から空気が補充されます。このように腹式呼吸による呼気の時にストローを吹き、吸気の時に鼻から空気を取り入れます。これは、食道発声と腹式呼吸の連動につながる練習になります。

補足−腹式呼吸

 呼吸は呼気(吐いた息のこと)と吸気(吸った息のこと)に分かれます。

 呼吸には、胸式呼吸と腹式呼吸があります。肩を張って胸を開くようにして行う胸式呼吸と、お腹をふくらませたり、へこませたりして行う腹式呼吸です。

 食道発声を行う際の呼吸法は、横隔膜の上下運動で呼吸を生み出す腹式呼吸が、吸気と共に食道にも陰圧を掛けるのに優れており、これによって効率よく、スムーズに食道内に空気を取り込むことができます。このため、食道発声の訓練においては、まず、腹式呼吸を習得することが前提となります。


<腹式呼吸習得の三大原則>

 呼気を続ける−>腹式の呼気が始まるー>腹式の吸気が始まる

(1) 腹式の呼気の自然誘導

 呼気(息を吐くこと)をしようとする努力を、できるだけ長く続けると、10秒くらい後から、腹式の呼気が加わり、自然に腹式の呼気が始まる

(2) 腹式の吸気の自然誘導

 できるだけ長い呼気を行い、腹式の呼気が始まっても、まだ呼気を続けると息苦しくなる。
 そんな時、今まで行っていた腹筋の収縮を弛緩させると、ひとりでにお腹が膨らみ、腹式の吸気が始まる。

(3) 呼気で始める腹式呼吸

 吸気をしてから呼気をする順番で呼吸をしながら、呼吸訓練を始めると、まず胸式の吸気が起こってしまい、その後に腹式による呼吸が行なえても、胸郭が膨れ、正しい呼吸訓練が行なえなくなってしまいます。それゆえ、腹式呼吸の呼吸訓練は、必ず、呼気からはじめることが大切です。

 
ストロー吹きの練習は、呼気から始めるため、腹式呼吸の訓練としても理にかなっています。



(2)子音注入法の練習
                                 大津 亘


食道発声 1ポイントレッスン 子音注入法の練習

 パ行、バ行、タ行に代表される特定の子音を強く発声する時に、自然と空気が取り込まれる現象を利用する子音注入法の練習方法を紹介します。

@まず、気管孔から肺へ腹式呼吸で大きく息を吸い込みます。
Aそして「パ」「パ」「パ」・・・と連続20〜30回の発声を試みます。
Bそれで、呼吸が苦しくなるまで、連続発声が可能なことに気付くはずです。
C続けて、「バ」、「タ」、「チャ」等も試みます。

 中上級教室では、訓練開始時の合同練習として、「パ」の連続30回と50回をやっています。






3−5−4 笛式人工喉頭

 笛式人工喉頭は、スペインのタピア(Tapia)の発想になるもので、その名前からタピア式人工喉頭と呼ばれることもある。

 笛式人工喉頭は、@気管孔への当て皿、A連結パイプ、B代用声帯(ゴムの振動膜−これを笛という)およびC口中にくわえるゴムパイプから構成される。

 ゴムの振動膜の位置が、口中にあるものを口中笛という。
 連結パイプは、長いほど低音となる。
 くわえゴムパイプは、なるべく口中深く挿入し、一定の部位に固定する。口中に少し入れただけでは明瞭度が悪くなり、音声が途切れやすくなる。原音が口腔の後方から、術前の声帯に近い位置から出るほど、共鳴してよい声となる。

 当て皿を気管孔にあて、息が漏れないように密着させ、呼気を連結パイプを通じて、口中に誘導することにより発声する。吸気時には、当て皿を少し浮かせる。

 人工喉頭の操作は、利き手のみで行う練習をする。


1) 当て皿を気管孔に密着させ、息漏れしない練習。
2) 原音出す練習。同じ「ブー」という音が確実に出る呼吸の練習。
3) くわえゴムパイプを側方より口内深く入れて母音「ア」の発声練習。
4) 母音「アイウエオ」の練習(小開き母音「イ」、「ウ」は、口を開き気味にする)。
5) 口中型のもの(口中笛)は、笛全体を口中に入れ、頬の内側から入れてくわえゴムの先を上顎奥歯の奥より横に入れて発声するとよい声が出る。

 発声動作(ゴムパイプを口中の最適の位置に入れ、当て皿を気管孔にあてる)が反射的に行われるように練習をする。

 代用音声の特色として「ハ」行音(元来は声帯を通る時の摩擦音であるため、喉摘者では発音できない)が不明瞭となる。

 笛式人工喉頭は、音声明瞭度に優れていて、習得も比較的容易である。




3−5−5 電動式人工喉頭

 電動式人工喉頭は、一番早く言葉を取り戻すことのできる器械ですが、そのためにはいくつかの越えなければならないポイントがあります。

 顎の下の柔らかいところにブザー音の出る振動板をその面に直角に、隙間なくピッタリとあてて、後は大きく口を開けて、ゆっくりと五十音を発声する形にすれば(この時呼気−吐気を出そうとしない)話すことができます。

 ただし、その前に、顎の下のよい音の出る場所を探すのが第一のポイントです。手術の範囲、仕方等が各人によって異なるため、最適の場所が少しずつ違います。
 この振動板を当てる場所が、初めて器械を使い始めた殆どの人(90%くらい)には、器械本体から出ているブザー音がじゃまをして、どこがよい音なのか分からず、自分では探せないのが現状です。何回か練習するうちに、聞き分けることができるようになりますが、最初は誰か(指導員、家人)のサポートが必要です。

 次に重要なポントは、姿勢です。振動板をピッタリと直角にあてないと、音が漏れて不明瞭になります。背筋を伸ばし、少し顎を突き出し気味にして、振動板をあてます。

 どうしても、ブザー音がじゃまをして、他の人の耳にどう聞こえているか分からないため、最初は、指導員に個別に対応してもらうのが上達の早道です。

 ある程度、単語が発声ができるようになると、何音か単位でブザー音をカットしながら、しゃべる練習をします。そうすると明瞭度が上がります。
 日常会話ができるようになると、今度は、平板な音に、いかに抑揚をつけるかに留意して練習します。


 食道発声ができる人にも、電動式人工喉頭の利用は、体調不良時の非常用の会話手段として有用です。